恋愛とは罪なもので、
出会った時には両想いになりたいと思って
心が動くのに、
ついに心が通って逢瀬を遂げ、
一夜を共にしてみれば
また激しく愛情がつのる。
彼女の一挙一動が気になる。
こんなことならいっそ
逢わなければ良かったのに。
こんな感情に比べたら、
逢瀬を遂げたいと思っていた以前なんて、
何も考えていなかったのと同じだ。
激しい思慕の情を歌った歌です。
しかも、何か現代人の心を揺り動かす、
共感を感じたくなる歌ですね。
時代は1000年違っても
昔も今も男女の感情は同じもの。
一途な激情を感じさせる名歌が多いのも、
百人一首が皆に好まれる一因かもしれません。
この歌の作者、権中納言敦忠は、
プレイボーイというより恋多きロマンチスト、といった感じの人です。
京都・西四条の女性で、
やがて神宮の斎宮(いつきのみや)となり
神域へ入って出会えなくなる人に
恋もしています。
逢えなくなるその日、
敦忠はこんな歌を榊の枝に結び付けて
女性に贈りました。
伊勢の海の 千尋の浜に拾ふとも
今は何てふ
かひがあるべき伊勢の広い浜辺で探して
見ても、あえなくなった今は、
何の貝(甲斐)も見つからない。
むなしいだけだ。